2007年12月21日
子供のころそうとうあこがれました。。
いまだに乗ったことないです。
サイドカー (Sidecar) とは、オートバイや自転車などの二輪車の横にもう一輪の車輪を取り付けた、変則的な三輪車、あるいはその横に取り付ける部分のことを言う。側車とも呼ぶ。
注:この記事では本来サイドカーのバイク部分を「本車」というが、特定車種の代名詞も「本車」と表現するため、バイク部分を「単車」と表現している
歴史
四輪自動車がまだ高価で一般大衆に高嶺の花であった時、オートバイや自転車は実用的で手軽な足として使われていた。しかし、それらは大きな荷物を運ぶに適さず、また安全に多人数が搭乗することもできなかった。そこで、オートバイや自転車の横にもう一輪の車輪を取り付けたサイドカーが考案された。日本語でサイドカーの事を「側車」、オートバイのことを「単車」と呼ぶ。それは黎明期にはサイドカーは今よりももっと一般的であり、「サイドカーがついていないオートバイ」を区別して単車と呼んだ名残りである。
第一次世界大戦から第二次世界大戦初期にサイドカーの性能は頂点に達し、特にナチス・ドイツは、四輪自動車の数量不足を補うために生産コストが安く、3名の兵員を輸送できるサイドカーを採用し、偵察や、兵員輸送に多用し、BMW-R71型やBMW-R75型、ツェンダップKS750型という後生に名を残す名車を生んだ。ソビエト連邦でも、先の BMW のコピー IMZ-M72 型を生産した。
このようにモータリゼーション黎明期、サイドカーは荷物や人の輸送に役立ち、戦場でも同様な役割を演じた。その後、ジープ、キューベルワーゲン、シュビムワーゲンなどの大量生産できる軍用四輪自動車が登場した。第二次世界大戦後、それらの生産技術が民需に転用され、四輪自動車が一般大衆市場に出回るようになった。特に1955年、小型乗用車「オースチン・ミニ」の登場で安価な小型乗用車が大ヒットし、その余波を受けてイギリスのサイドカー需要は大幅に縮小していった。
日本においては、1937年に始まる日中戦争時に中国戦線に投入された側車部隊が未舗装道路の多いためにうまく運用できず、サイドカーに対して便利な印象をもたれていなかったが、第二次世界大戦終戦後、GHQによる四輪自動車生産規制により、1950年頃まで事実上の四輪自家用車の製造が規制されていたような状態にあったため、比較的規制が緩やかであった三輪自動車やサイドカーが安価な国民の乗り物として一気に普及した時期があった。その時代、サイドカーは非常にポピュラーな乗り物で、日本中にサイドカーを製造するメーカーがあったが、GHQの規制撤廃後、四輪自家用車の製造、特に軽自動車製造の気運が一気に高まり、諸外国同様に、後の日本の国民車とまで例えられたスバル360に代表される安価な軽自動車の登場によって、サイドカー市場は一気に縮小し現在に至っている。
今日、独特の操縦性やオープンエア感覚などもあり、実用性を失ったあとも根強いファンがいる。ただし、希少性が増すにつれて、非常に高価な乗り物となってしまい、趣味性の強化とあいまった悪循環におちいっている。
(以上、ウィキペディアより引用)
乗り心地そうとう悪そうですけど…。
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